古代四大文明を育んだ大河1
人間が1つのところに集まって暮らし、集落を発展させた大きな都市をつくり始めたのは、今からおよそ8000年前と考えられています。それ以降、メソポタミア、エジプト、インダス、中国で大きな都市を築く文明が生まれました。日本では、これらは古代四大文明と呼ばれています。古代四大文明は、全て大きな川の近くで発展しました。文明が生まれることと、大河のつながりについて、見てみましょう。
古代文明は、どうして水辺で生まれたのか?
世界の歴史の中で、大きな都市が生まれたのは今から8000年ほど前、大きな文明が最初に生まれたのは今から5500年ほど前です。およそ紀元前3500年に、メソポタミアには都市国家ができていました。これをメソポタミア文明と呼びます。他に、エジプト、インダス、中国でも都市が発達し、文明が誕生しました。
古代四大文明の成立した場所
地図を見てわかるように、古代四大文明は、全て大きな川のそばで発展しました。たくさんの人間が集まって都市をつくり、国をつくるためには、大きな川が必要だったという証しです。
それでは、なぜ、文明をつくるために川が必要だったのか、その理由を考えてみましょう。
<ア. 作物をつくりやすい土地だった>
川の周りの土は養分を多くふくみ、作物を育てるのによい土地です。川は上流の山からわき出てきて、豊かな養分を下流へ運びます。そのため、川の周りの土は豊かなのです。また、作物を育てるには水が欠かせません。川の近くであれば、比かく的簡単に水を引くことができます。
<イ. 人が暮らすためには、たくさんの水が必要だから>
暮らしに使う水をたっぷり手に入れるためには、水辺に住むのが一番でした。大切な水を都市の中で管理して、水のもたらす利益を平等に分かち合うための工事技術や、ルールが発達したと考えられています。
<ウ. ものを運んだり、遠くへ移動するために、川が便利だった>
ものを売買するには、まず、それを運ばなくてはなりません。陸の上の暮らしでは、人や動物の力で荷物を運ばなければいけません。水にうかぶ船は、大きくて重い荷物、大量の荷物を運ぶために、欠かせないものでした。遠くの町や国へ行くにも、陸の道を行くよりはずっと速く移動できました。
川の周りでの暮らし
川は人や畑をうるおすだけでなく、遠い国との交流のぶ台でもありました。こうして、人びとが集っていく中で、少しずつ文化が育っていったのです。
生き物は水がないと生きていけないし、水辺ではとても生活がしやすいから、古代の人びとは大きな川のそばで文明を発展させたんだね。この時代の人びとは、大きな川と共にどのような暮らしをしていたのだろう?